ジャニーズ遍歴 3


ファンじゃないひとからの称讃の声というものは純粋に嬉しいものだ。


それはジャニヲタに限ったことではないと思う。



わたしが

横山くん金髪でかっこいいね、と声かけた時の

同じ職場のエイターの子も、嬉しかったんだと思う。

じゃあ十祭のDVD出たら貸しますよ、金髪ヨコめっちゃかっこいいんで!とりあえず◯◯のCDとDVD貸しますよ!と、いきなりおすすめを貸してくれた。


なにを借りたか覚えてはないけど

元々、好きだった世界ではあるし

メンバーも知らない顔ではないのでDVD見たりするのは不思議とはじめっから楽しかった。


ほほえみデートとか

仲良いなぁ、ってほっこりしたり


パッチはみんな演技上手だし、

ライブのパッチもスーツ姿が最高にかっこ良かったし


JUKE BOXは

バンドをする関ジャニ∞の姿はすごくかっこいいな、と思った。

びっくりした。


わたしが知っていた頃のアイドルの渋谷すばるでなくなっていたから。


それでもキラキラはしてたけど、

エイトのキラキラは

なんというか眩しいけど、人間らしくて心地よかった。


MCさせれば面白いし、何よりもメンバーがわちゃわちゃしていて本当に仲が良い。

それが何よりも大好きだと思った。



けれど昔のように渋谷担にならず

十祭をDVDで借りてすぐ流されるまま、何故かわたしは横山担になっていた。


その時のビジュアルがどストライクだったせいもあるし、昔はうるはいだけのヤンキーだと思っていたけどエイトの横山裕はみんなのいじられるお兄ちゃんポジションになっていて

十周年で辛い時はメンバーが居てくれたから良かったと、人目もはばからず泣いている姿がとても愛しく思えたのである。


そのあと割とすぐに

関ジャニズムのDVDが出たりして、その時は自分で予約した。


初めて買ったエイトのDVDだった。



それから、いわゆる沼と呼ばれるものに落ちたのはとても早かった。一瞬だった。

転がるように好きになった。



職場の子が

チケットあるのでリサイタル行きましょうと長野と、宮城の二箇所も連れ出してくれたりしたのも、どっぷり沼に嵌った要因でもある。


長野で初めて見た関ジャニ∞

DVDと変わらずかっこよくて面白かった。


アリーナの一番後ろではあったけれど

メドレーの時にメンバーがトロッコで回ってくるし、すばるとヨコにはすこぶる緊張してしまい何もアクションを起こせなかったけれど

他のメンバーには手を振れたりできて

ヤスが来たときもとっさに手を振ったら笑顔で手を振り返してくれた時はキュンとした。


ヤスありがとう。かわいい。


そして何よりも、連れ出してくれた子に感謝した。

同じ職場じゃなかったら、わたしは此処にいない。


あとで分かったことだけど

ジャニーズはファンクラブに入ってなければ確実にライブには行けない。


チケットぴあとか、イープラスとかで簡単にチケットが手に入らない。


当日券もない。


だから


まだまだド新規のわたしを連れて行ってくれて

本当に感謝しかない。

今でも感謝してる。







ひとが


欲しているときに与えられたものって


まじヤバい(知能5)




あの夏、

ハートをしっかり掴まれて


わたしはまたジャニヲタになったのである。









ジャニーズ遍歴 2

ジャニーズの渋谷すばるに飽きた私は、いっそ「渋谷すばる」がジャニーズじゃなくなればいいのにとさえ思っていた。


それなら好きで居られる、と。


飽きたというと語弊はあるけど、

当時、私は子どもだったくせにジャニーズは子どもっぽいなと感じていて

渋谷すばるに、もっと枠から飛び出して欲しいと思っていたんだと思う。



けど、

髪の毛を金にしたり、入れ墨いれたり、ジャニーズからかけ離れようとしていたすばるをみて


すばるどうした?w

ってなっていた。

勝手に飽きて、勝手に幻滅したのである。


本当に勝手だ。




それから、月日は流れ

逆に私はバンギャルにどっぷりハマっていた。

けれど好きだったバンドが活動休止したり、その中でも好きだったメンバーが新しく違うバンドを立ち上げてもまたバンドメンバーが二人も飛んだりと

かなり振り回されていて活動もろくにしないので追っかけたりすることもできず、バンド自体に辟易していたのである。



そのころ関ジャニ∞は10周年で、十祭というお祭り騒ぎをしていた。




当時、私の職場にはエイターがふたりいたおかげで

その話題は耳に入ってきていた。


バンギャルだったせいではないが、私は無類の金髪が好きだったので

当時金髪の横ちょに軽率にときめいていたりした。(元自担のすばるを差し置いて…)


いまの横山くん金髪でかっこいいよね、と


エイターの子に話しかけたのが何を隠そう、また私がジャニヲタになるきっかけなのである。







ジャニーズ遍歴


振り返れば、

わたしのそばには(実際にそばにはいないけど)いつもジャニーズがいたように思う。


今回はしょうもない自担遍歴を少々書きなぐります。



幼少期、SMAPのがんばりましょうを見てSMAPの慎吾ちゃんが大好きになり

慎吾ちゃん目当てで買った初めてのアイドル雑誌MyojoでKinKi Kidsを見て、衝撃を受けた。


その時期、世の中KinKi Kids推しだったせいか簡単にKinKi剛担になる。

(でもいつも心に慎吾ちゃん)


中学生になる頃、KinKi Kidsのバックで踊る同世代のJrの子達にも魅了されていて…


また自担が変わった。笑

その頃は松潤とかニノあたりが好きだった気がする。

(でもいつも心に慎吾ちゃん)


Jrが出る番組を全部録画して、友達と雑誌の切り抜き交換をして、ジャニーズショップにも通い、アイドル雑誌は出ているものはお小遣いが許す限り買うのが当たり前になっていた私はもうすっかり自他共に認めるジャニヲタになっていた。


その頃は、よく言われるJr黄金期時代というやつで

毎週Jrだけのレギュラー番組は3〜5つはあるし、ドラマや舞台もそれぞれに出て、ラジオ番組もある、

しまいには初のJr単独ライブまで敢行していた。


本当に刺激ばかりで楽しかった。

当時を現代の言葉で表すなら


ヤバい!!の一言に尽きる。





ある夜の、ミュージックステーション

関西Jrが突如現れて


渋谷すばる

という少年がKinKi 剛がよく歌っていた「愛してる 愛してない」を歌った。


陥落した。

一瞬で大好きになった。


こう言ってはなんだけど、

今までの自担とは比べ物にならないくらいの衝撃波を撃たれた気分だった。


私の同世代の子達はみんな衝撃受けてたと思う。

だって週明けの学校の教室は

渋谷すばる見た?めっちゃかっこよかったんだけど!って話題で持ちきりだったから。


見た目よし

歌よし

話せば面白い


最高だった。最&高だった。


それからはずっと

すばるが大好きで大好きで、大好きだった。


でも成長するにつれジャニーズ特有のファンのノリや、無駄にキラキラしていたところ、綺麗事ばかりなところ、

それらが苦手になり、

高校生の頃は友達がバンギャルだったせいもあり

自然と、あんなにどっぷりハマっていたはずのジャニーズから遠のいてしまっていた。


でも私が脱ジャニヲタをする頃は、すばるがバンドをやったりする少し前の時期だったし、歌い方もジャニーズから少し脱していたから

手紙でDIR EN GREYをオススメしたりしていた。笑



そうだ

あの頃のわたしはジャニーズの渋谷すばるに飽きてしまっていたんだ。